【小児科医監修】痛くない鼻噴霧インフルエンザワクチン「フルミスト」とは?注射の苦手なお子様にも
こんにちは。今回は、新しく日本で導入が始まった鼻噴霧インフルエンザワクチン「フルミスト®」についてお話しします。
インフルエンザ予防接種というと注射を思い浮かべる方が多いですよね。小さなお子さんの中には、注射が怖くて泣いてしまう子もいるでしょう。
実は、痛くないワクチンがあったらいいのに…という願いをかなえてくれる新しい予防接種が登場しました。
それが、鼻からシューっとワクチンを噴霧するタイプの「フルミスト」です。針を使わないので、注射嫌いなお子さんでも安心してインフルエンザ予防接種が受けられるかもしれませんよ。
1. フルミストとは何か?従来の注射型ワクチンとの違い
フルミスト®は、鼻の中にスプレーして接種する新しいタイプのインフルエンザワクチンです。液体状のワクチンを左右の鼻の穴にシュッと吹きかけるだけで接種が完了します。
使われているワクチンは「弱毒化された(弱くした)インフルエンザウイルス」で、これを鼻から入れることで、自然な感染に近い形で免疫をつけるしくみになっています。一方、従来のインフルエンザワクチンは腕に注射するタイプで、ウイルスの成分だけ(不活化したウイルスの一部)を体に入れて免疫をつける方法でした。
つまり大きな違いは、注射か鼻噴霧かという投与方法と、ワクチンの中身(生きた弱いウイルスか、死んだウイルスの成分か)にあります。
注射のワクチン(不活化ワクチン)は腕に針を刺す痛みが伴いますが、フルミストは針を使わないため痛みがありません。
お子様にとってワクチン接種時の痛みは大きなストレスなので、鼻からの接種で痛みが軽減できる意義はとても大きいでしょう。
当院では昨年から接種を始めましたが、「針を刺すことがないので子供も嫌がらずに接種できる」などのお声をいただいています。
2. なぜ鼻からの接種なの?~鼻で誘導する“自然な”免疫~
インフルエンザウイルスは主に鼻や喉など呼吸器の粘膜から体に入り込みます。
そこでフルミストは「ウイルスの侵入口である鼻の粘膜で免疫をつけてしまおう」という考え方で作られました。
弱められた生きたウイルスが鼻の奥(鼻腔や咽頭)で増えると、実際にインフルエンザに感染したときと似たような免疫反応が体の中で起こります。鼻の粘膜ではIgAという抗体が作られてウイルスをブロックし、さらに全身にも抗体や免疫細胞による防御反応が起こると期待されています。
簡単に言うと、自然感染に近い形で、鼻の中と体全体の両方にインフルエンザへの備えを作るのがフルミストなのです。
一方、従来の注射ワクチンは腕の皮下組織に不活化ウイルス成分を入れるため、主に体全体の免疫(血液中の抗体など)を刺激します。鼻など粘膜表面での免疫(IgA抗体)はあまり誘導されません。
この違いから、フルミストはウイルスの侵入口である鼻で直接免疫が作用するため、インフルエンザウイルスを入り口でキャッチし撃退しやすい利点があります。
また「自然に感染したのと近い形で免疫がつく」ので、より包括的で持続的な免疫が得られる可能性があるとも言われています。特に子どもの場合、フルミストを接種することで従来のワクチンよりも効果的で長続きする免疫を得られると考えられており、ある研究では接種1年後でもインフルエンザを防ぐ免疫がしっかり維持されていたとの報告もあります。
3. 対象年齢は?誰におすすめ?
フルミストが接種できるのは、日本では現在「2歳~18歳」の方だけです。残念ながら0歳や1歳の赤ちゃんにはまだ使えません。
また、大人についても日本では19歳以上は接種対象外となっています。海外ではフルミストは健康な大人にも使用できます(米国では49歳まで承認) が、日本ではまず小児・青少年を対象に導入された形です。
対象となる2歳~18歳であれば、基本的にどなたでも接種を検討できますが、特におすすめしたいのは「注射が苦手なお子さん」や「予防接種デビューの子ども」です。
針を使わないので痛みがなく、怖がる子も比較的受け入れやすいでしょう。またこれまでインフルエンザ予防接種を嫌がって受けなかったお子さんも、フルミストなら挑戦してみようかなという気持ちになるかもしれません。
実際、欧米の調査では鼻スプレー型ワクチンを体験した保護者の97%近くが「来年も受けさせたい」と回答したというデータもあります。それだけ子どもにとって負担が少なく、親御さんにも満足度の高い方法だということでしょう。
また、日本ではフルミストは1シーズンに1回の接種で済む点も注目ポイントです。従来の注射ワクチンは、小児の場合シーズンに2回接種するのが原則ですが、フルミストは年齢に関係なく1回の噴霧で完了します。
何度も病院に行って注射を打つ手間がないのは、忙しいご家庭にも嬉しいですね。
4. フルミストのメリット(痛くない!自然な免疫!子どもに優しい!)
フルミストには、これまでの注射型インフルエンザワクチンにはない様々なメリット(利点)があります。
まず第一に、「痛くないインフルエンザ予防接種」であることです。
針を使わず、鼻にシュッとスプレーするだけなので、あのチクッとした痛みがありません。注射器を見るだけで怖がってしまうお子さんでも、フルミストなら泣かずに受けられたという報告もあります。保護者の方にとっても、毎年のインフルエンザ予防接種が苦痛でなくなるのはありがたいですよね。
第二に、自然な形で免疫がつくため効果が高いことが期待できる点です。
先ほど「鼻で直接免疫を作る」と説明したように、フルミストはウイルスの侵入口である鼻粘膜に抗体を作り出します。そのため、ウイルスが体に入るのを入り口でブロックしやすくなります。実際、フルミストを接種するとインフルエンザにかかる確率が大きく減ることが分かっています。
海外で行われた大規模な分析では、ワクチンを受けなかった子どもは18%の確率でインフルエンザに感染したのに対し、フルミストのような鼻スプレーワクチンを受けた子どもではわずか4%しかインフルエンザに罹らなかったという結果が報告されています。約8割も発症リスクが減少した計算で、かなり効果が高いですよね。
また専門家の見解では、従来の注射ワクチンと比べてもフルミストでの予防効果に大きな遜色はなく、少なくとも同等にインフルエンザを防げるとされています。むしろ、年齢によってはフルミストの方が良好な成績を示すケースもあり、特に小さな子どもでは鼻噴霧ワクチンの効果に期待が高まっています。
第三に、免疫の持続期間が長い可能性が指摘されています。
生ワクチンであるフルミストは実際の感染に近い広範な免疫応答を引き起こすため、体が覚える「免疫の記憶」が強く長持ちしやすいと考えられています。
ある研究では、フルミストを受けた子どもは1年後でもインフルエンザから身を守る免疫が活性化した状態だったことが確認されました。
一般にインフルエンザワクチンの効果は徐々に減っていくものですが、フルミストならシーズンを通じて安定した効果が期待できるかもしれません。
最後に、接種が簡便で子どもへの心理的負担が少ないのもメリットです。
鼻にスプレーするだけで一瞬で終わりますし、先述のようにシーズン1回で完了します。注射のように「痛いことをこれからするぞ」と構える必要もなく、「くすぐったい感じ」で終わった、なんて声もあります。
保護者にとっても、泣き叫ぶお子さんをなだめて抑えつけながら注射…という光景と比べれば、ずっと気が楽になりますよね。
こうした理由から、フルミストは子育て中のご家族にとって魅力的な“痛くないワクチン”として期待されています。
5. デメリットや注意点(接種できない人、副反応、安全性など)
良いことづくめに思えるフルミストですが、もちろんデメリットや注意点もあります。事前によく理解しておきましょう。
まず、利用できる年齢や条件に制限があることです。特に2歳未満の赤ちゃんには接種不可です。海外の臨床試験で、2歳未満の小児にフルミストを使った際、一部で喘鳴症状のリスク増加が報告されたため、現時点では2歳未満には使用を控えることになっています。
次に、基礎疾患や体質によっては接種を控えるべき場合がある点です。免疫の病気がある方(先天的な免疫不全や白血病など)やステロイド等で治療中の方は、生ワクチンであるフルミストではなく従来の不活化ワクチンが推奨されます。重度の喘息をお持ちのお子さんも注意が必要です。
日本小児科学会は喘息など呼吸器に持病がある子にはフルミストより注射ワクチンを勧める立場を示しています。海外の指針でも、2~4歳で喘鳴歴がある子どもにはフルミストを避けるという注意があります。喘息のあるお子さんは医師とよく相談する必要があります。
また重度のアレルギー体質の方もご注意ください。フルミストにはワクチンウイルスを安定させるためゼラチンが含まれており、ゼラチンにアレルギーのある方は接種できません。卵由来の成分も含まれるため、卵アレルギーが重い方も医師とよく相談する必要があります。
副反応(副作用)についても知っておきたいですね。フルミストは生きたウイルスを使う分、従来の不活化ワクチンより副反応が出やすい傾向があります。
例えば、接種後3~7日以内に約半数の人に鼻水や咳など軽いかぜ症状が見られ、約1割の人に発熱(微熱程度を含む)が起こるというデータがあります。他にも鼻づまり、喉の痛み、くしゃみなどが出る場合があります。どれも通常は軽度で、自然に治まることが多いようです。
実際、世界的に見てもフルミスト接種が原因で重篤な合併症が頻発しているという報告はありません。アメリカで20年以上使われてきましたが、その安全性は十分確認されています。もちろんごく稀に重いアレルギー反応など起こる可能性はゼロではありませんが、それは注射のワクチンでも同様です。
総じてフルミストは安全性の高いワクチンと考えられています。
その他のデメリットとしては、日本では取り扱い医療機関が少ないことが挙げられます。2024/25シーズンから本格的に接種が始まったばかりで、フルミスト自体の流通数も限られているため、地域によっては「受けたいけど近くにやっている病院がない…」ということもあり得ます。今後普及が進めば解消されると思いますが、受けたい方は早めに情報収集すると良いでしょう。
また費用面も注意です。フルミストは公費助成のない任意接種ですので、費用は全額自己負担になります。価格は医療機関によって差がありますが、一般的に1回あたり約8,000~10,000円前後とやや高めに設定されていることが多いようです。子どもの場合、従来の注射ワクチンなら2回接種しても合計で6,000~8,000円程度(1回3~4千円×2回)ですので、それと比べるとフルミスト1回の方が高くつくケースもあります。
自治体や両親の勤務先等から助成金が出る場合もありますので確認してみてください。
6. 日本での導入の背景と海外での使用実績
フルミスト(経鼻インフルエンザ生ワクチン)は海外では先行して広く使われてきました。最初に承認されたのは2003年のアメリカで、そこから欧米を中心に普及し、2023年4月時点で世界の36の国と地域で承認・使用されています。アメリカでは20年以上の使用実績があり(2003年承認)、ヨーロッパでも2011年頃から各国で導入されています。そうした豊富な臨床データから、有効性や安全性が蓄積されてきたワクチンと言えます。
一方、日本では長年この鼻噴霧ワクチンが未承認のままでした。
注射嫌いの子どもが多い中で「なぜ日本には痛くない経鼻ワクチンがないの?」という声も専門家の間で上がっていましたが、ようやく最近になって動きがあったのです。
2023年3月27日、厚生労働省がフルミスト®点鼻液を製造販売承認し、日本国内でも使える道が開かれました。
承認取得者は国内製薬企業の第一三共株式会社で、海外(アストラゼネカ社)から輸入する形で提供されます。
そして準備期間を経て、2024/25年シーズンから日本での接種がスタートしました。これは日本のインフルエンザワクチン行政にとって新たな一歩であり、「痛くないワクチン」を待ち望んでいた多くの子育て世帯にとって朗報だったと思います。
導入の背景には、小児のインフルエンザワクチン接種率をさらに向上させたいという目的もあります。
日本小児科学会などは以前から「接種時の痛みが子どもの大きな懸念材料になっている」と指摘しており、経鼻ワクチンの導入で「痛いから嫌だ」と敬遠していた子にも予防接種を受けてもらいやすくする狙いがあります。
実際、海外では鼻スプレー型の登場で子どものインフルエンザワクチン接種率が上がった地域もあるそうです。
日本でもフルミストが普及すれば、インフルエンザ予防接種がこれまで以上に身近になり、インフルエンザそのものの予防効果も高まることが期待されます。
7. よくある質問コーナー
Q1. 鼻から生きたウイルスを入れて、本当に周りの人にインフルエンザがうつったりしないの?
A. ご心配はもっともです。フルミストは生きた弱毒ウイルスを使うため、接種後しばらくは鼻水の中にそのウイルスが出てくる(ウイルス排出される)ことがあります。データ上、最長で3~4週間程度、鼻や喉からワクチンウイルスが検出される可能性があるとされています。つまり、接種を受けた人の鼻水などを通じて、周囲の人にワクチン由来の弱いウイルスがうつる(=水平伝播する)ケースはまれですがゼロではありません。
ただし、ここで重要なのは「うつったとしてもそれで周りが本当のインフルエンザにかかったり大問題になったりする可能性は極めて低い」という点です。
ワクチンウイルス自体が弱く安全なものなので、仮に周囲の人がそれをもらったとしても重い症状を起こすことはまずありません。
これまでワクチン由来ウイルスの伝播によって深刻な健康被害が起きた報告はありません。専門機関も「理論上のリスクは考慮すべきだが、実際問題として大きな危険性は認められていない」と評価しています。
そのうえで注意点を挙げるとすれば、免疫力が低下している方との接触です。その方に万一ワクチンウイルスがうつるといけないので、フルミスト接種後は1週間ほど接触を控えることが推奨されています。
具体的には、小さな赤ちゃん(生後6ヶ月未満)、免疫抑制剤を服用中の方や、抗がん剤治療を行っている方などがいらっしゃる場合などに、医師との相談が必要です。
しかしそれ以外の通常の生活では特別な制限は不要で、たとえば保育園や学校等に普通に行っていただいて問題ありません。「周りにうつしてしまうかも…」と神経質になりすぎる必要はないですよ。
Q2. 効果はどのくらい?従来の注射よりちゃんと効くの?
A. 効果(予防効果)は充分にありますのでご安心ください。フルミストは海外では既に何年も使われており、その効果データが蓄積されています。
メリットの項でも触れましたが、ある大規模研究では接種しなかった子に比べてフルミストを受けた子のインフルエンザ発症率は約5分の1以下に減ったという結果が出ています。
注射型ワクチンと比べても遜色ない有効性が確認されており、米国CDC(疾病対策センター)や日本小児科学会も「適切に接種すれば注射でもフルミストでもきちんと予防効果が得られる」としています。
ただし、インフルエンザワクチンはどんな種類でも100%確実に防げるものではない点には留意しましょう。
シーズンや流行株との相性によって効果にばらつきが出ることもありますし、接種していてもインフルエンザにかかる可能性はあります(ただしかかっても症状が軽く済む効果は期待できます)。「注射だから効く」「鼻だから効かない」ということは決してありませんので、そこは安心して大丈夫ですよ。
Q3. その他、気を付けることはある?
A. 基本的には上で挙げた点を押さえておけば問題ありませんが、いくつか補足の豆知識を紹介します。
- 接種前に鼻をかむようにしましょう。鼻水が詰まっていると薬液が行き渡りにくいので、スプレーが効率よく届くよう鼻腔内をできるだけクリアにしておくと良いです(ひどい鼻づまりのときは医師がその場で判断してくれます)。
- 接種後は強く鼻をかまないようにします。せっかくスプレーしたワクチンが出て行ってしまうともったいないので、数時間程度は優しく過ごしましょう。くしゃみが出そうなときも無理に我慢しなくてOKですが、ティッシュで押さえるなど周囲への配慮はしてくださいね。
- インフルエンザ治療薬(タミフル等)との間隔にも注意が必要です。万一フルミスト接種の前後にインフルエンザ用の抗ウイルス薬を服用すると、ワクチンのウイルス増殖が妨げられて効果が落ちる可能性があります。医師が特に指示しない限り、接種の2週間前後はこれらの薬を使わないようにしましょう(詳しくは接種医にご確認ください)。
参考情報
- 日本小児科学会. 「2024/25シーズン インフルエンザワクチン予防接種に関する提言」(2024年9月)
https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20240909_keibi_i_vaccine.pdf - 厚生労働省. 医薬品・医療機器等承認情報 フルミスト点鼻液 (2023年3月承認)
https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/ResultDataSetPDF/112040 - 第一三共株式会社. プレスリリース「インフルエンザ生ワクチン(フルミスト®)国内導入について」(2023年)
https://www.daiichisankyo.co.jp/media/press_release/detail/index_4583.html - CDC (Centers for Disease Control and Prevention). “Live Attenuated Influenza Vaccine (LAIV)” (updated 2023)
https://www.cdc.gov/flu/vaccine-types/nasalspray.html - Cochrane Database of Systematic Reviews. “Live attenuated influenza vaccine (nasal spray) for preventing influenza in children” (最新レビュー版, 2021)
https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD010001.pub3/full
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